8. NYタイムスの取材

話が時間的にやや戻るが、岩倉使節の条約改正交渉は、ユタでの足止め期間中に、交渉だけでなく、改正した条約に調印する、という方向に変わっていたが、日本政府からの正式な委任がないということで中断し、大久保と伊藤が急遽、勅令を取りに帰国するはめになる。

このとき、畠山は、帰国する大久保や、随行する吉原らと共にNYにいて、セントニコラスホテルでNY Timesの取材に遭っている。3月20日のことらしい。

大久保は、留学する二人の息子と過ごすためにNYに回る経路を取ったそうだ(ワシントンからの方が、西海岸へは近いので遠回りしている)。 彼等は和装だったそうで、ふんわりしたローブを着ているというから、羽織を着ているのだろうか。公式な場ではなく、ホテルに滞在しているところを取材したと言っている。一行の中に牧野の名があり、少年がいると書かれているので、それは大久保の次男、牧野伸顕だろう。洋装に慣れているはずの畠山や吉原が、大久保とその息子を囲んで和装でいるという、その場面を想像するとなぜか嬉しい。

記事は短いものだが、その中で、吉原と畠山は英語が話せると書かれ、畠山は取材に答えている。日米関係が深まることと、条約改正が1か月以内にまとまることを希望している、などという話をしているのだが、ほかにも大変興味深いことを言っている。

一つは、ヨーロッパの旅についての話として、ヨーロッパからアメリカに来ることは、「中国から日本に来るようなもの。日本の方が中国よりもやや進んでいる(ahead)と思う」というもの。

日本に帰る大久保の取材であるのに、いきなり前振りもなく、「speaking of his travels in Europe(畠山のヨーロッパの旅について)」になっている。その件は後述するが、ヨーロッパとアメリカを、中国と日本に比定しているのが面白い。

現在であれば、この対比は頷けるが、アメリカというのは、アメリカ自身が、第一次世界大戦終了までは二流国と考えている文化程度の低い国で、21世紀の現在でも、野蛮であることを一つの自慢にしているような国であるから、渡米前にイギリスに1年以上滞在し、この時代に文明の地ヨーロッパを見ている畠山が、「アメリカの方が進んでいる」と言うのは、文化のことではない。この後、イギリスへ渡った木戸は、イギリスの機械や工場の方が、アメリカより進んでいる印象を持っているので、技術や産業のことでもない。久米などは、イギリスで好ましいお嬢さんにでもお目にかかったのか?と思いたくなるような書き方で、アメリカよりイギリスに好印象を示している。イギリスの方が多分に文化の進んだ国であることは、そこに住み、取材の前年にもヨーロッパへ往復したばかりの畠山の知らないことでは勿論ない。

中国についても、留学までは漢学者であったであろう畠山が、中国より日本の文化水準が高いとも言わないだろう。尤も、広大な中国を平均して考えるのは現在でも困難なので、この場合の中国は、東洋文明の源という観念的な中国と、密航出国した際の旅の行程で垣間見た、近代化の進む上海や香港あたりの実情を交えたものだろうが、普通なら、中国、ヨーロッパが進んでいて、日本、中国がそれを追っている、追い越しそうだ、と言いそうなものだが、日本、アメリカの方が進んでいる、と畠山は言う。

畠山はアメリカに住みたいと言っていたような人でもあり、取材しているのがアメリカ人だから、多分にヨイショと手前味噌が入ってはいるだろうが、この時期に、アメリカと日本が、ヨーロッパや中国よりも先んじている、というのは、アメリカの自由と平等が築くであろう可能性を指しての意見だろう。時は既に南北戦争も終わって7年が過ぎようとしている。アメリカは実は翌年の大恐慌に向かって初めての大バブルの時代であり、あらゆる産業界の王と呼ばれる人々が台頭した時代でもある。

畠山は、アメリカや日本は、ヨーロッパや中国よりも新しい、動いている、すなわち、進んでいる、と言っているのだろう。

西洋の学校で、ラテン(ローマ)やギリシアの文明の興隆と滅亡からなる西洋の歴史をアメリカで学んだ漢学者の畠山は、旧大陸の価値観を否定したアメリカに、漢文明から脱皮していく日本の未来を重ねていたのではないだろうか。この観点は、モンソンにいた吉田彦麿(種子島敬輔)のものとも共通している。なぜといってアメリカではそういう観点で教えるからではあるが、旧弊を捨て、新たな価値観に立って進んでいる、それをしてアメリカと日本をヨーロッパや中国よりも先んじている、と言ったのだろう。

今日びの子供たちは、将来という言葉に必ずしも明るいものを見ないようだが、自分が子供の頃、進歩や未来は、まっすぐに希望を意味した。この時代の若者にとっても、進歩と未来は大いなる希望であったのだ。

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